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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8339号 判決

事実

原告株式会社竹内商店は請求原因として、被告株式会社山本製作所は有限会社モナミに対し、金額十五万円、振出日昭和三十年九月九日、支払場所富士銀行日本橋支店なる先日附の持参人払式小切手を振り出し交付したが、原告は昭和三十年八月末頃同会社から裏書譲渡を受け、現に右小切手の所持人である。そこで、原告は昭和三十年九月十日支払を求めるため、右小切手を支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、支払場所たる前記銀行から支払拒絶の宣言を受けた。

よつて原告は被告に対し、右小切手金十五万円およびこれに対する支払済までの利息の支払を求める、と述べ、更に被告の抗弁に対しては、仮りに訴外花輪竹之助が常務取締役支店長でないため、本件小切手を被告会社のため振出行為をなす権限を有しないとしても、同人は支店長の肩書名義を付した名刺を使用し、東京都港区新橋三丁目二十六番地の被告会社東京支店の主任者としてその営業上に必要な資金の融通を得るため手形、小切手等による金銭の借入等の仕事に従事しておつた者であるから、商法第四十二条に基き訴外花輪は被告会社の支店の支配人と同一の権限を有しその営業のために手形行為をなすことができる、といわなければならない。

また、右の主張が認められないとしても、訴外花輪に前示のような代理権限がある事実関係のもとにあつて、原告において同人に被告会社を代理して右小切手振出の権限をも有するものと信ずるにつき正当の理由があるというべきであるから、以上何れの点からみても、被告は原告に対し本件小切手上の責を負うべきである、と主張した。

被告株式会社山本製作所は答弁および抗弁として、原告主張の小切手は訴外花輪竹之助がほしいままに自己のために被告会社の常務取締役支店長の肩書を僣称して振り出したものであるから、被告会社は右小切手上の責任を負うべき筋合ではない。原告は、右花輪の振出行為が被告会社の表見支配人としての行為となり、被告にその支払義務があると主張するけれども、被告会社が原告主張の場所に昭和三十年六月二十日その支店も設置するに当り右花輪を支店の主任者として採用したことは認めるが、支店といつても名のみで、それは単に本店の連絡場所としての機能しかなく、同人の担当業務も本店の指示により会社の営業資金調達の斡旋事務に限られていたにすぎないのであるから、かような権限の制限せられた受任者が、しかも会社の営業に直接関係なく自己のために振り出した行為について、商法第四十二条を適用する余地はない。

のみならず、本件小切手の所持人である原告は直接の取得者である訴外有限会社モナミから裏書譲渡を受けたものであることは被告の主張するところ、商法第四十二条による小切手上の責任の有無は、その小切手の直接の相手方の善意悪意によつて決すべきものであるから、直接の相手方のみこれら法条の適用がある。従つて直接の相手方でない被裏書人たる原告は被告に対し右小切手に基き請求をする権利はない、と主張して争つた。

理由

原告が本件小切手の所持人であることは当事者間に争いがなく、証拠によれば、右小切手は持参人払式の先日附小切手であつて、訴外花輪竹之助が被告会社の常務取締役支店長名義を以て振り出し、訴外有限会社モナミに交付し、原告はこれを右有限会社から裏書譲渡を受け取得したものであることが認められる。

被告は、右花輪が被告会社の常務取締役でも支配人でもなく同会社を代理して小切手を振り出す権限はなかつた旨主張するので、本件小切手の振出人が訴外花輪であるか被告会社であるかについて判断するのに、証拠によれば、右花輪は被告会社の取締役でも支配人でもないことが認められるが、被告会社の本店が沼津市にあり、東京都港区芝新橋三丁目二十二番地に東京支店を設置していること、および本件小切手振出当時以前の昭和三十年六月二十日から訴外花輪竹之助が被告会社東京支店主任であつたことは被告の自認するところであり、そして証拠を綜合すれば、右支店は被告会社の営業上の資金の調達や、販売の業務も営み、或いは社員の新規採用をなす等、或る範囲内で独立の権限があり、訴外花輪は現実に支店長の名刺を使用してこれらの業務に従事していたことが認められる。しかして、商法第四十二条によれば、支店の営業主任たることを示す名称を附した使用人はこれをその支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、営業主に代つてその営業に関する一切の裁判外の行為をなす権限を有するのであるから、従つて営業に関し小切手を振り出す行為をなす権限があるというべきである。そうだとすると、訴外花輪は被告会社の支店の支配人と同一の権限を有し、その営業のため小切手を振り出す行為をなす権限もあるものといわなければならない。被告は、被告会社の東京支店は本店との単なる連絡場所にすぎず、支店としての実体を与えてなく、且つ花輪に対しても資金調達の面においてその斡旋をさせていたもので独立の権限はなかつた旨主張するが、これを認めるに足る資料はない。また被告は右花輪に対し小切手振出の権限を附与していないと争うけれども、そのような制限は善意の第三者に対抗できないのであつて、原告がこれにつき悪意であることの立証のない本件にあつては、被告の右主張も採用できない。

被告は更に、仮りに花輪の本件小切手振出行為が商法第四十二条第一項の適用ありとしても、それは同人から振出交付を受けた直接の相手方たる訴外有限会社モナミに対してのみいい得ることで、直接の相手方でない被裏書人たる原告には適用しない旨主張するが、直接の取得者は勿論、裏書譲渡により取得した者も同条第二項の悪意の所持人でない限りこれを別異に取り扱う理由はない。

よつて原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく正当である。

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